賤民の社会的地位
Posted on October 1st, 2007 by Free CSS Templates
官奴婢や私奴婢は、売買や質入の対象となるなど、非人道的な扱いを受けた。だが、一定の年齢に達すれば上の階層に上がる事ができる制度などもあり、穢れなどを理由に武士、百姓、町人などと隔絶した一種の身分外身分と言える扱いを受けた江戸時代の被差別民の身分ほど固定されたものではなかった。一方、奴婢は自らの公認された自立的な共同体を持たず、個人別に良民や朝廷の所有物とされるなど、穢多頭に統率されるなどの形で一定の権利保障の基盤になる共同体組織の保持を保証された江戸時代の被差別民と比べると、権利保障の基盤は脆弱であったとも言える。
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制度の崩壊
Posted on October 1st, 2007 by Free CSS Templates
朝廷が班田制と戸籍制度を基礎にした人民の人別支配を放棄し、名田経営を請け負う田堵負名を通じた間接支配への移行により律令制が解体していく過程で、この身分制も次第に有名無実化した。良賤間の通婚も次第に黙認されるようになり、中には賤民と結婚して租税を免れようとする者も現れた。789年には良賤間の通婚でできた子は良民とされる事になり、907年には奴婢制度が廃止された。(これには、9世紀末の寛平年間に既に廃止されていたとする見解も存在する)
よって、古代の賎民と中世以降の被差別民、さらに近代以降被差別部落と呼ばれるようになった江戸時代の被差別民共同体との歴史的連続性はなく、性質の異なる起源を有したと考えられる。
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